副題:AIが指揮官に代わるのではない。指揮官の意図を、データ・幕僚活動・部隊行動・評価に貫通させる仕組みをどう作るか。
はじめに――「戦場のOS」を誰が設計するのか
ウクライナ戦争は、戦争の姿を大きく変えた。
もちろん、戦争の本質そのものが変わったわけではない。国家目的を達成するため、政治、軍事、経済、情報、技術を動員し、敵の意思と能力に影響を与えるという本質は変わらない。
しかし、戦場で何が見え、誰が判断し、どのように部隊が動き、何をもって効果を測るのか。その仕組みは大きく変わりつつある。
ウクライナでは、ドローン、電子戦、衛星通信、クラウド、状況共有システム、AIによる画像解析、目標認識、自律航法、民間技術者との即応的な開発体制が、前線の戦い方そのものを変えている。さらにウクライナ国防省のAI責任者は、今後の戦いを「戦場を管理するオペレーティングシステム同士の戦い」と表現している。[1]
この言葉はやや刺激的である。しかし、単なる比喩ではない。
これからの戦いでは、個々の兵器の性能だけでなく、センサー、通信、データ、AI、指揮官、幕僚、無人システム、火力、兵站、評価が、どのような思想で結び付けられているかが決定的になる。
すなわち、問うべきことは、
AIをどこに導入するか
だけではない。
本当に問うべきことは、
AI時代に、どのような指揮統制を実現したいのか。
その指揮統制を支える幕僚活動、評価指標、情報システムをどう設計するのか。
である。
本稿では、ウクライナ戦争から得られる示唆を踏まえ、AI時代の指揮統制哲学と、その実装としての幕僚活動・評価・システム設計について整理する。
1 ウクライナ戦争が示したもの
1.1 ドローン戦争ではなく、「データ化された戦場」
ウクライナ戦争はしばしば「ドローン戦争」と呼ばれる。
たしかに、FPVドローン、偵察ドローン、長距離攻撃ドローン、対ドローンシステムは、戦場の様相を大きく変えた。安価な機体が、戦車、火砲、車両、歩兵、補給路を脅かし、前線の透明性を高め、従来なら上級部隊の火力や航空支援が担った任務の一部を、より下位の部隊が実施できるようにした。
しかし、本質はドローンそのものではない。
ドローンが収集した映像や位置情報を、いかに共有し、評価し、火力や機動に結び付けるかが重要である。ウクライナのDeltaのような状況認識・戦場管理システムは、無人機、センサー、衛星画像、現地情報、部隊からの報告を統合し、共通状況図の形成、作戦計画、部隊間調整に活用されているとされる。[2]
つまり、ウクライナ戦争の教訓は、
ドローンを持てば勝てる
ではない。
むしろ、
戦場の事象をデータ化し、そのデータを部隊行動に変換する仕組みを持つ側が優位に立つ
ということである。
1.2 AIは全面自律化ではなく、部分機能から浸透している
AIについても同じである。
AIが突然、指揮官に代わって戦争全体を指揮しているわけではない。現時点でのウクライナにおけるAI活用は、主として部分機能である。
例えば、ドローン映像の解析、目標認識、自律航法、電子戦環境下での終末誘導、テキストや通信情報の分析、ミサイル攻撃データの解析などである。[3]
CSISの分析では、ウクライナのAI活用は、完全自律戦争というより、無人システムの特定機能を強化する段階にある。特に、目標認識、自律航法、映像解析などの機能は、疲労、ストレス、通信途絶、電子妨害、操作技能のばらつきといった人間側の限界を補うものとして導入されている。[4]
重要なのは、AIが「人間を不要にしている」のではなく、まずは人間が処理し切れない情報量、速度、環境条件を補う形で浸透していることである。
1.3 電子戦が、AIと自律性の必要性を高めている
ウクライナ戦争では、電子戦が極めて重要な役割を果たしている。
通信が妨害され、GPSが使えず、ドローン操縦信号が途絶し、映像伝送が遮断される。そのため、ドローンは常時人間が手動で操縦するだけでは生存しにくい。
この環境が、AIによる自律航法や終末誘導の必要性を高めている。
CSISの報告では、AIを用いた自律航法により、通信妨害下でも任務継続が可能となり、攻撃成功率を高め、必要なドローン数や再攻撃回数を減らす効果が指摘されている。[5]
ここで重要なのは、AI導入の目的が「先進技術を使うこと」ではなく、戦場の具体的な摩擦に対応することである。
つまり、AI導入の正しい問いは、
何にAIを使えるか
ではなく、
現在の戦場で、どの摩擦を取り除くためにAIを使うのか
である。
1.4 ロシアもまた、AI・C2・無人機の実装を進めている
ウクライナだけが変化しているわけではない。
ロシアも、ウクライナ戦争の圧力を受け、指揮統制、無人機、AI、戦場ソフトウェアの実装を進めている。CSISは、ロシアが当初の包括的・中央集権的な自動指揮統制構想から、より実用的でタスク特化型のソフトウェアへ重点を移していると分析している。[6]
これは重要な示唆である。
近代的なC2システムを一気に完成させるのではなく、現場で効果が測定しやすい任務、例えば無人機運用、火力連接、目標処理、センサー情報処理から段階的に実装する。そこにAIや自動化を入れていく。
つまり、戦場では、壮大なコンセプトよりも、
どの機能が実際にキルチェーンを短縮し、部隊行動を改善し、損耗を減らすか
が問われている。
2 AI時代に問われる指揮統制哲学
2.1 中央集権化か、Mission Commandの強化か
AIとデータが戦場を可視化すると、上級司令部は下級部隊の状況を以前より詳細に把握できるようになる。
これは一見、よいことである。
しかし、そこには危険もある。上級司令部が見えるようになった結果、下級部隊の判断に過剰介入し、マイクロマネジメントを行うようになれば、Mission Commandは弱体化する。
Mission Commandの本質は、指揮官が目的、意図、制約、リスク許容範囲を明示し、下級指揮官がその範囲内で主体的に判断することにある。米陸軍のMission Commandも、相互信頼、共通理解、明確な指揮官意図、規律ある主導、任務命令、リスク受容を重視している。[7]
AI時代の指揮統制が進むべき方向は、上級司令部がすべてを見て、すべてを決める中央集権型ではない。
むしろ、
AIによって、指揮官意図をより正確に共有し、下級部隊がより適切に分散判断できるようにする
ことである。
2.2 AIは命令装置ではなく、意図翻訳装置である
AIを指揮統制に導入する際、最も避けるべき誤解は、AIを「最適解を出す命令装置」とみなすことである。
戦争における意思決定には、常に価値判断が含まれる。
何を守るのか。どの損耗を受け入れるのか。どのリスクを取るのか。どこまでエスカレーションを許容するのか。短期的戦術成果と長期的政治目的をどう均衡させるのか。
これらは、AIが単独で決めるべきものではない。
AIが担うべき役割は、次のようなものである。
- 指揮官意図を任務、制約、優先順位、評価指標へ展開する
- 状況変化により、当初の前提が崩れたことを検出する
- 下級部隊の行動が指揮官意図から逸脱していないかを警告する
- 複数の選択肢と、それぞれの効果・リスクを提示する
- 人間が見落としやすい相関、異常、代替仮説を示す
- 作戦全体の目的と、現場の行動との接続を保つ
つまりAIは、指揮官に代わって命令するものではなく、
指揮官意図を、部隊行動と評価に翻訳する補佐機能
として設計すべきである。
2.3 中央で統制するのではなく、中央で学習する
AI時代の軍隊において、中央が担うべき役割は、細部の統制ではない。
中央が担うべきなのは、次の三つである。
第一に、目的と制約を明示すること。
第二に、全体としての学習を統制すること。
第三に、各部隊が自律的に行動できる共通基盤を整えること。
ウクライナの特徴の一つは、前線、民間技術者、政府、スタートアップ、国外支援が結び付き、戦場で得た知見を迅速にシステム改修や装備開発に反映するフィードバックループを形成している点である。[8]
これは、従来の軍隊にとって大きな課題である。
軍隊は、規律、統制、標準化を重視する。一方、AI・ソフトウェア・無人機の世界では、試作、失敗、改修、再投入を高速に回す必要がある。
したがって、中央がすべきことは、
すべてを承認すること
ではない。
むしろ、
現場が試し、中央が学習し、制度として素早く反映する仕組みを作ること
である。
3 幕僚活動はどう変わるべきか
3.1 幕僚は「資料作成者」から「作戦仮説の管理者」へ
AI時代には、幕僚活動の中心が変わる。
従来、幕僚活動の多くは、情報を集め、整理し、報告資料を作り、COAを比較し、命令を作成することに費やされてきた。
もちろん、これらは今後も必要である。
しかし、AIが情報整理、要約、分類、パターン検出、COA案の生成を支援するようになれば、幕僚の価値は別のところに移る。
それは、
作戦仮説を明示し、監視し、修正すること
である。
作戦には必ず仮説がある。
- 敵はこう動くはずである
- こちらがこの行動を取れば、敵はこう反応するはずである
- この目標を破壊すれば、敵の作戦テンポは低下するはずである
- この情報活動により、敵の意思決定は遅れるはずである
- この補給線を遮断すれば、敵の攻勢は持続困難になるはずである
問題は、作戦中にこれらの仮説がしばしば崩れることである。
AIは大量のデータから、仮説崩壊の兆候を検出できる可能性がある。しかし、どの仮説が重要で、どの兆候を重視し、どの時点で計画を修正するかは、人間の幕僚が設計しなければならない。
3.2 幕僚はAIに「問い」を与える
AIは、問いが悪ければ、悪い答えを高速に出す。
したがって、AI時代の幕僚に求められる能力は、AIの操作技術そのものだけではない。
より重要なのは、AIに対して適切な問いを設定する力である。
例えば、次のような問いである。
- この作戦の成功条件は何か
- 成功条件を示す観測可能な指標は何か
- 敵がこちらの意図を見抜いた兆候は何か
- 現在の指標の改善は、本当に作戦目的に近づいていることを意味するのか
- ある部隊の戦術的成功が、キャンペーン全体に悪影響を与えていないか
- 敵の適応により、当初の効果が低下していないか
- AIが提示する判断は、どのデータと前提に依存しているか
- 通信途絶時、どの判断を現場へ委任すべきか
AIは、問いを代替するものではない。
AIは、問いに対する探索、比較、警告、仮説生成を支援するものである。
したがって、幕僚教育においては、AIリテラシーだけでなく、
問いを設計する能力
を重視する必要がある。
3.3 幕僚は「AIを使う側」ではなく「AIを評価する側」でもある
AIの出力は、常に正しいわけではない。
データが偏っている場合、戦場環境が変化した場合、敵が欺瞞を行った場合、センサーが妨害された場合、AIはもっともらしいが誤った結論を出す可能性がある。
したがって、幕僚はAIの利用者であると同時に、AI出力の評価者でなければならない。
少なくとも次を確認する必要がある。
- どのデータを使ったのか
- どのデータが欠落しているのか
- どの前提に依存しているのか
- どの程度の不確実性があるのか
- 反対仮説は何か
- 敵の欺瞞やデコイに弱くないか
- AIが過去の戦場データに過剰適合していないか
- 人間がAIに過度に同調していないか
AIを導入すると、人間の負担が減るように見える。
しかし実際には、AIの出力を理解し、限界を見抜き、責任ある形で使うために、幕僚にはより高度な判断能力が求められる。
4 評価指標をどう設計するか
4.1 「敵をどれだけ撃破したか」だけでは足りない
ウクライナ戦争では、ドローン映像や戦果確認により、戦果が可視化されやすくなった。
しかし、可視化しやすいものだけを評価すると、作戦を誤る。
例えば、撃破数が増えても、敵の作戦目的を阻止できていなければ、キャンペーン上の効果は限定的である。逆に、撃破数が少なくても、敵の攻勢発起時期を遅らせたり、補給体系を混乱させたり、政治的意思決定を歪ませたりすれば、大きな効果を生む可能性がある。
評価指標は、行動を誘導する。
一部報道では、ウクライナが戦果に応じたポイント制度を用い、部隊が得たポイントをドローンや電子戦装備などの取得に用いる仕組みを運用しているとされる。[9]
このような仕組みは、現場の行動を迅速に誘導し、調達と戦果を結び付ける可能性がある。一方で、指標設計を誤れば、局地的な戦果追求が、より大きな作戦目的を損なう恐れもある。
したがって、評価指標は慎重に設計しなければならない。
4.2 AI時代の評価は、MOP・MOE・MORを組み合わせる
評価指標は、大きく三種類に分けて考えるとよい。
第一に、MOP、すなわち実施状況の指標である。
- 偵察回数
- ドローン出撃数
- 火力任務数
- 目標処理数
- 報告提出時間
- 通信維持率
- システム稼働率
これは「予定した行動を実施したか」を測る。
第二に、MOE、すなわち効果指標である。
- 敵の攻勢テンポ低下
- 敵火力発揮量の減少
- 敵補給の遅延
- 敵指揮統制の混乱
- 味方損耗率の低下
- 任務達成率
- 敵の適応速度の鈍化
これは「行動が望む効果を生んだか」を測る。
第三に、MOR、すなわちリスク指標である。
- 通信途絶時の任務継続性
- AI誤認識率
- 民間被害リスク
- 電子戦環境下での性能低下
- サイバー侵害リスク
- 予備手段の有無
- 指標偏重による行動歪曲
- 指揮官意図からの逸脱
これは「作戦効果を追求する過程で、どのリスクを増大させているか」を測る。
AI時代の評価では、MOPだけでは不十分である。MOEだけでも危うい。MORを入れなければ、速度と効率の追求が、誤認、過信、エスカレーション、責任の曖昧化を生む。
4.3 評価指標は、作戦開始後に修正される前提で設計する
キャンペーンでは、作戦開始時に設定した評価指標が、途中で不適切になることがある。
敵が適応するからである。
こちらがドローンで成果を上げれば、敵は電子戦、迷彩、デコイ、分散、地下化、囮目標、通信秘匿で対抗する。こちらがAIで目標認識を改善すれば、敵はAIの学習データを逆手に取る可能性がある。
したがって、評価指標は固定されたものではなく、作戦仮説の変化に応じて修正されるべきである。
AIは、評価指標の異常や相関変化を検出するのに有用である。しかし、指標を修正する判断は、作戦目的と政治的文脈を理解する人間が行うべきである。
5 システム設計はどうあるべきか
5.1 C2システムは「巨大な完成品」ではなく「継続的に更新される作戦基盤」
AI時代のC2システムは、一度完成すれば終わりという装備品ではない。
戦場環境、敵の妨害、センサー、データ形式、AIモデル、部隊編成、兵器システムは常に変化する。
したがって、C2システムは、完成品ではなく、
継続的に更新される作戦基盤
として設計すべきである。
ウクライナの例は、ソフトウェア、民間技術、現場フィードバック、迅速な改修が、戦場適応力に直結することを示している。[10]
システム設計で重要なのは、最初から万能の統合システムを作ることではない。
むしろ、次の条件を満たすことである。
- 小さく始め、早く試す
- 現場からのフィードバックを短時間で反映する
- データ形式とインターフェースを標準化する
- センサーや無人機を後から追加できる
- AIモデルを更新できる
- 通信途絶時も縮退運用できる
- 操作ログと判断ログを残す
- 人間が介入・停止・上書きできる
5.2 データ基盤は「見える化」ではなく「判断可能化」のために作る
データ基盤を作るとき、しばしば「見える化」が目的化する。
しかし、戦場で本当に必要なのは、単に多くの情報を見ることではない。
必要なのは、
判断可能な形に変換された情報
である。
指揮官や幕僚に大量の情報を表示しても、それだけでは意思決定は改善しない。むしろ、情報過多により判断が遅れる可能性がある。
したがって、データ基盤は次のように設計すべきである。
- 指揮官が見る情報
- 幕僚が分析する情報
- 下級部隊が行動に使う情報
- AIモデルが学習・推論に使う情報
- 監査・事後検証に使う情報
を分ける。
さらに、すべての情報を同じ重みで扱うのではなく、
- 確度
- 鮮度
- 出所
- 関連する作戦仮説
- 行動に移すべき期限
- 失敗時のリスク
を付与する必要がある。
5.3 Human-in-the-loopは配置設計である
AIと軍事意思決定に関する議論では、「人間をループ内に置く」という表現がよく使われる。
しかし、単に最後に人間が承認ボタンを押すだけでは不十分である。
人間が何を理解し、どの段階で介入し、どの権限を持ち、どの責任を負うのかを設計しなければならない。
例えば、AI導入における人間の関与は、次の段階に分けられる。
- 目的設定
- 使用条件の設定
- データ選定
- モデル選定
- 試験評価
- 任務への割当
- 運用中の監視
- 例外処置
- 交戦判断
- 事後検証
- 改修・再学習
人間は、すべての瞬間に同じ形で介入する必要はない。しかし、どこで人間が責任ある判断をするのかは、事前に明確にしておく必要がある。
米国防総省の自律兵器政策でも、自律・半自律兵器システムは、指揮官とオペレーターが武力行使に関して適切な人間判断を行使できるよう設計されるべきだとされている。[11]
つまり、Human-in-the-loopは精神論ではなく、システム要件である。
6 実装の方向性
6.1 第一段階:AI導入の前に、指揮統制哲学を明文化する
まず必要なのは、AIツールの導入ではない。
AI時代に、自らがどのような指揮統制を目指すのかを明文化することである。
例えば、次のように置くことができる。
AIは指揮官に代わって戦場を統制するものではない。
AIは、指揮官意図を共有し、分散部隊の判断を支え、作戦仮説を検証し、キャンペーン目的への収斂を支援するものである。
この哲学がなければ、AI導入は断片的な効率化で終わる。
場合によっては、見える化の向上が、上級司令部による過剰統制を招き、Mission Commandを損なう可能性すらある。
6.2 第二段階:幕僚活動を「AI対応」に作り替える
次に、幕僚活動をAI対応にする必要がある。
具体的には、次の機能を設ける。
- AI活用幕僚またはAIプロダクトオーナー
- データ管理担当
- 評価指標担当
- 作戦仮説管理担当
- AI出力のレッドチーム担当
- サイバー・電子戦・通信抗堪性担当
- 法務・倫理・交戦規定との接続担当
これは、新しい部署を増やせという意味ではない。
既存の幕僚機能の中に、AI時代に必要な責任を明示するということである。
6.3 第三段階:演習で評価指標とAI支援を検証する
AI導入は、会議室で評価しても意味がない。
演習で検証すべきである。
特に、次のような状況を入れる必要がある。
- 通信途絶
- GPS妨害
- ドローン映像の欠落
- 敵のデコイ
- AIの誤認識
- 偽情報の流入
- 指揮官意図の誤解
- 下級部隊の独断行動
- 上級司令部の過剰介入
- 評価指標が行動を歪める状況
- AI推奨案と指揮官の直観が対立する状況
これらを演習に入れなければ、AIは平時の便利な分析補助にとどまり、実戦の摩擦には耐えられない。
6.4 第四段階:小さな任務から導入する
AI導入は、最初から全戦場を統合する巨大システムを目指すべきではない。
まずは、効果が測りやすい任務から始めるべきである。
例えば、
- ドローン映像の分類
- 目標候補の抽出
- 敵電子戦活動の傾向分析
- 補給路の脆弱性評価
- 作戦前提の監視
- 報告の自動整理
- COA案の初期生成
- キャンペーン評価指標の異常検出
- 通信途絶時の代替経路提案
などである。
そのうえで、作戦効果、リスク、教育負担、システム維持負担を測定し、段階的に拡張する。
7 日本への示唆
7.1 AI導入を「システム導入」に矮小化してはならない
日本にとっての課題は、AIツールを導入することではない。
本当の課題は、AIを組み込んだ指揮統制、幕僚活動、評価、教育、通信基盤、データ管理を一体として設計することである。
特に、自衛隊の場合、任務、法制度、統合運用、各自衛隊の文化、職種・部隊間の壁、システム調達、情報保全、通信抗堪性が複雑に絡む。
したがって、AI導入は情報システム部門だけの課題ではない。
作戦、情報、通信、サイバー、宇宙、電磁波、兵站、教育、装備、法務を横断する課題である。
7.2 Mission CommandをAI時代にどう実装するか
日本にとって特に重要なのは、Mission Commandを単なる理念としてではなく、AI時代のシステム要件として実装することである。
そのためには、
- 指揮官意図をデータ項目として扱えるか
- 任務目的と評価指標を連接できるか
- 下級部隊が通信途絶時に判断できる情報を持てるか
- AIが上級司令部の過剰介入を助長しないか
- 指揮官がAIの推奨案を拒否する権限と理由を保持できるか
- 部隊行動がキャンペーン目的にどう寄与しているかを評価できるか
を検討しなければならない。
7.3 「AIに強い幕僚」より「AI時代の問いを設計できる幕僚」
AI教育というと、プロンプト、機械学習、データ分析、プログラミングに目が向きやすい。
もちろん、それらは重要である。
しかし、軍事組織において本当に必要なのは、
AI時代の問いを設計できる幕僚
である。
どの問いをAIに投げるのか。どのデータを信用するのか。どのリスクを許容するのか。AIが示した選択肢を、指揮官にどう説明するのか。AIが示さなかった選択肢をどう発見するのか。
この能力は、AI技術者だけでは身につかない。作戦、戦術、情報、通信、サイバー、装備、組織、教育を横断的に理解する幕僚教育が必要である。
おわりに――AI時代の指揮統制は、「速い官僚制」ではならない
AIを導入すれば、意思決定は速くなるかもしれない。
しかし、速く間違える危険もある。
AIを導入すれば、戦場はよく見えるようになるかもしれない。
しかし、見えることによって、上級司令部が過剰介入する危険もある。
AIを導入すれば、指標は増えるかもしれない。
しかし、指標が行動を歪める危険もある。
AI時代の指揮統制に必要なのは、単なる高速化ではない。
必要なのは、
目的を明確にし、指揮官意図を共有し、分散部隊が主体的に判断し、AIが前提と効果を検証し、幕僚が仮説を管理し、キャンペーン全体として目的に収斂していく仕組み
である。
これは、AIによる中央統制ではない。
AIによって強化されたMission Commandである。
そして、それを実装するには、装備やシステムだけでなく、幕僚活動、評価指標、教育、演習、データ基盤、法的・倫理的責任を同時に設計しなければならない。
AI時代の戦場では、「何を持っているか」以上に、「何をどう結び付けているか」が問われる。
したがって、これから必要なのは、AI導入論ではない。
AI時代の指揮統制哲学と、その哲学を実装する意思決定設計である。
参考文献・資料一覧
[1] Reuters, “Ukraine’s defence AI chief predicts ‘new paradigm’ of warfare,” 12 June 2026.
https://www.reuters.com/business/aerospace-defense/ukraines-defence-ai-chief-predicts-new-paradigm-warfare-2026-06-12/
[2] CSIS, Kateryna Bondar, “Ukraine’s Future Vision and Current Capabilities for Waging AI-Enabled Autonomous Warfare,” 6 March 2025.
https://www.csis.org/analysis/ukraines-future-vision-and-current-capabilities-waging-ai-enabled-autonomous-warfare
[3] Reuters, “Ukraine collects vast war data trove to train AI models,” 20 December 2024.
https://www.reuters.com/technology/ukraine-collects-vast-war-data-trove-train-ai-models-2024-12-20/
[4] CSIS, Kateryna Bondar, “Ukraine’s Future Vision and Current Capabilities for Waging AI-Enabled Autonomous Warfare,” 6 March 2025.
https://www.csis.org/analysis/ukraines-future-vision-and-current-capabilities-waging-ai-enabled-autonomous-warfare
[5] 同上。特にAI-enabled autonomous navigation、ATR、無人機運用に関する記述を参照。
[6] CSIS, Kateryna Bondar, “How Russia Is Reshaping Command and Control for AI-Enabled Warfare,” 10 February 2026.
https://www.csis.org/analysis/how-russia-reshaping-command-and-control-ai-enabled-warfare
[7] U.S. Army, ADP 6-0, “Mission Command: Command and Control of Army Forces,” 2019.
https://armypubs.army.mil/
[8] CSIS, Kateryna Bondar, “Understanding the Military AI Ecosystem of Ukraine,” 12 November 2024.
https://www.csis.org/analysis/understanding-military-ai-ecosystem-ukraine
[9] Business Insider, “Ukraine’s point system rewarding battlefield kills is steering drone units toward more strategic Russian targets,” 2026.
https://www.businessinsider.com/ukraine-e-points-system-steers-units-toward-more-strategic-targets-2026-6
[10] CSIS, Kateryna Bondar, “Understanding the Military AI Ecosystem of Ukraine,” 12 November 2024.
https://www.csis.org/analysis/understanding-military-ai-ecosystem-ukraine
[11] U.S. Department of Defense, DoD Directive 3000.09, “Autonomy in Weapon Systems,” updated 25 January 2023.
https://www.esd.whs.mil/Directives/issuances/dodd/
[12] NATO, “Summary of NATO’s revised Artificial Intelligence Strategy,” 2024.
https://www.nato.int/
[13] ICRC, “Artificial intelligence in military decision-making: supporting humans, not replacing them,” 2024.
https://blogs.icrc.org/law-and-policy/2024/08/29/artificial-intelligence-in-military-decision-making-supporting-humans-not-replacing-them/
[14] McDowell et al., “Re-Envisioning Command and Control,” 2024.
https://arxiv.org/abs/2402.07946
[15] Madison et al., “‘New’ Challenges for Future C2: Commanding Soldier-Machine Partnerships,” 2025.
https://arxiv.org/abs/2503.08844
[16] David Helmer et al., “Human-centred test and evaluation of military AI,” 2024.
https://arxiv.org/abs/2412.01978