伝えたはずなのに、伝わっていなかった
説明はした。
資料も配った。
質問は出なかった。
その場では、誰も異論を唱えなかった。
だから、理解は共有されたものだと思っていた。
しかし、数日後。
実際の動きは、想定していたものと微妙にずれていた。
誰かが勝手な判断をしたわけではない。
むしろ、それぞれが「言われた通り」に動いていた。
それなのに、全体としては噛み合わない。
これは珍しい話ではない
こうした経験は、特定の組織に限った話ではない。
自衛隊の指揮所でも、
企業の役員会やプロジェクト会議でも、
同じような場面は起きる。
能力が低いからではない。
準備が足りないからでもない。
むしろ、真面目で責任感の強い現場ほど、
「理解したはず」という前提が強く働きやすい。
情報は同じでも、意味は同じとは限らない
同じ資料を見ている。
同じ言葉を聞いている。
同じ数字を共有している。
それでも、
受け取られる意味は、必ずしも同じではない。
立場が違えば、
背負っている責任も違う。
判断した結果に対するリスクも違う。
ある人にとっては「慎重な判断」が、
別の人にとっては「決断の先送り」に見えることがある。
情報は共有されていても、
意味は各自の文脈の中で解釈されている。
技術は、伝達を驚くほど正確にした
通信やITの進歩によって、
情報の伝達は、かつてないほど正確になった。
誤字も減った。
遅延も減った。
同じ資料を、同時に、同じ形で共有できる。
これは間違いなく前進だ。
自衛隊でも、民間企業でも、
この恩恵なしに業務は成り立たない。
正確さが、理解を保証するわけではない
しかし、正確に伝わるようになったことで、
別の問題が生まれている。
「伝えた」という事実が、
「伝わった」という前提にすり替わりやすくなった。
確認は省略される。
違和感は飲み込まれる。
「今さら聞くのは気が引ける」という空気が生まれる。
結果として、
誰も嘘をついていないのに、
誰も同じ意味を共有していない状態が生じる。
意味が揃わないまま、判断だけが求められる
意味が揃っていない状態で、
判断のタイミングだけが近づいてくる。
すると、何が起きるか。
判断は遅れる。
責任の所在が曖昧になる。
「もう少し様子を見る」という選択が合理的になる。
これは、逃げではない。
不完全な前提で判断するリスクを、
本能的に回避しているだけだ。
しかし、その結果として、
組織全体の動きは鈍くなる。
もし、意味のズレが拡大されているとしたら
ここで、少し視点を変えてみる。
もし、意味が揃わない状態そのものが、
意図的に拡大されているとしたらどうだろう。
誰かが嘘をつく必要はない。
情報を隠す必要もない。
言葉の定義を曖昧にする。
前提条件を共有しない。
立場ごとの解釈の違いを放置する。
それだけで、
判断は自然と難しくなる。
あなたの現場では、意味はどこでズレるだろうか
あなたの現場では、
意味はどこでズレているだろうか。
言葉か。
図や資料か。
数値の解釈か。
それとも、暗黙の前提か。
「理解したはず」という瞬間に、
本当に立ち止まれているだろうか。
情報は、これからも増え続ける。
技術は、さらに正確になる。
それでも、
意味が自然に揃うとは限らない。
判断が難しくなっている理由は、
本当に情報の量だけなのだろうか。